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**Dora Pejacevicドラ・ペヤチェヴィッチ(1885−1923)**
ドラ・ペヤチェヴィッチは、1885年9月10日ブダペストに生まれ、クロアチア東部のナシツェという町にあるお城で少女時代を過ごしました。ペヤチェヴィッチ家はクロアチアの最も古い由緒ある貴族の家系に属し、父親・祖父はクロアチアの伯爵で総督などを務め、母親はハンガリーの貴族で、ドラは、「ナシツェのプリンセス」として知られています。ドラは最初、優秀なピアニストで歌手でもあった母親から音楽の手ほどきを受け、その後、ザグレブ、ドレスデン、ミュンヘンで作曲を勉強しました。1921年36歳で結婚して主にミュンヘンに住みましたが、その1年半後の1923年3月5日、息子テオドル(テオ)を出産した約1か月後に、腎不全により、37歳で亡くなりました。生前には、彼女の作品は、クロアチアのみならず、ロンドン、ドレスデン、ブダペスト、ストックホルム、ウィーン、ミュンヘンなどヨーロッパ各地で頻繁に演奏されており、彼女は、クロアチア初の本格的な女性作曲家として、クロアチアでは大変有名な存在です。
彼女が残した作品は全部で58(注この内、Op.1は消失、未登録)ありますが、その内24作品がピアノ曲です。2つのソナタを除いて、ほかの全ての作品が、彼女が生涯作曲し続けたミニアチュールと呼ばれる小品です。女性の作曲家ならではと思えるような、サロン風の美しく短い曲が多いのですが、一方で、交響曲やピアノ協奏曲などの大規模な曲も作曲しており、それらは、小品とは打って変わって、非常にドラマチックで力強く、強い意志力を感じさせるもので、男性的とも言える作風になっています。彼女のピアノ作品は、全体に、豊きや色彩がとても豊かであり、思いがけない急な転調や展開が印象的です。
メンデルスゾーン、シューマン、グリーグ、チャイコフスキーの影響が顕著な初期のロマン派的な作品から、印象主義の色彩豊かな中期の作品、表現主義的な後期の作品に至るまで、彼女は、彼女独自の個性を円熟させていきました。
彼女は、自然の静寂の中に、芸術的なインスピレーションを求めて、故郷ナシチェの湖や公園をよく訪れ、多くの作品が、ナシツェで書かれています。また、『マルテの手記』の作者ライナー・マリア・リルケやウィーン世紀末文化の代表者カール・クラウス等、同時代の文学者などとの交流も深く、イプセン、ドストエフスキー、トーマス・マン、ショーペンハウアー、キルケゴール、ニーチェ等の文学や哲学の世界も、彼女の芸術的感受性の発展に、大きな影響を与えました。彼女は、19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパ「世紀末芸術」の流れを汲む作曲家であり、彼女の作品は、ヨーロッパのモダニズム文学や美術におけるアール・ヌーヴォーなどと並行して発展していきました。
(写真:ドラの育ったナシツェのお城)
**ドラ・ペヤチェヴィッチとの出会い**
2000年秋から、留学先クロアチアの音楽院で、副科ピアノの指導にあたっていたのですが、ある日、ギター科の生徒の一人が、「先生、これ、弾いてもいいですか?」と言いながら持って来たのが、ペヤチェヴィッチの『バラ』でした。作品集『花の一生(Blumenleben)』Op.19の中の1曲です。その時、初めてその楽譜を目にした私は、彼女の前で、「これはクラシック曲?映画音楽か何か?」なんて思いながら、ポロポロと弾いてみたのを覚えています。結局、彼女はすぐに飽きてしまった(?)ようですが、彼女の代わりに、私は、その後、いろんな場所で、この「バラ」はもちろん、「花の一生」の曲集を頻繁に弾くようになりました。
次に出会った曲は、声楽曲。
2000年秋、ほぼ同じ頃、クロアチアの音楽院のホールにて、メゾソプラノ(+元ミス・ユーゴスラヴィア☆)のカティア・マルコティッチさんのリサイタルの伴奏をさせて頂いた時のこと。
リサイタルのプログラム前半は、ブラームスの歌曲6曲とペヤチェヴィッチのトリオ1曲&歌曲4曲というものでした。
後半は、リヒャルト・シュトラウスの歌曲2曲で始まり、フェルド・リヴァディッチ(Ferdo Livadic)、ヤコブ・ゴトヴァツ(Jakov Gotovac)という同じくクロアチアを代表する作曲家の作品、そしてラフマニノフの4つの美しい歌曲で締めくくられました。
トリオというのは、変容( Verwandlung Op.37a for voice, organ and violin) (1915)、4曲の歌曲というのは、ヴェネチア(Venedig−3つの歌曲Op.53よりNo.1)、なぜ?(Warum?Op.13)、愛の恍惚(Wie ein Rausch−4つの歌Op.30よりNo.2)、悲鳴(Ein
Schrei−4つの歌Op.30よりNo.1) でした。
トリオは、何とも重苦しい雰囲気の漂う独特な曲でしたが、歌曲の方は、可愛らしい歌や綺麗な歌ばかりで、特に『ヴェネチア』の和声、曲全体の雰囲気は非常に印象深いものでした。この『ヴェネチア』という曲を含む『3つの歌曲Op.53』は、フリードリッヒ・ニーチェの詩に曲をつけたもので、ニーチェやR.M.リルケの詩を歌曲に用いているあたりにも、ペヤチェヴィッチの独自性、精神性が表れていると思います。
私が彼女の作品を弾き始めた2000年頃、クロアチアという国自体まだあまり知られていなかった日本では、ペヤチェヴィッチという名前を知っている人は皆無に等しかったように思いますが(1999年に、彼女の交響曲嬰ヘ短調作品41が、関西シティフィルハーモニー管弦楽団、ズラタン・スルジッチ氏の指揮で、日本初演されているようですが)、徐々に弾く人も増え、随分知られてきたのではないかと思います。日本では、2002年5月名古屋電気文化会館でのデビューリサイタルのアンコールで、『ばら』を初披露しましたが、当時、演奏前に、『ペヤチェヴィッチ』ではなく、『ピヤチェヴィッチ』と紹介したくらい、日本では読み方、呼び名もまだ全く定まっていませんでした。
その後、アカデミーの試験や伴奏、コンクールの準備、指導の仕事などに追われ、ぺヤチェヴィッチの作品について、できる限りの資料は集めながらも、ゆっくり研究を進める余裕もなく時間が経っていき、2003年夏に帰国しましたが、今回の文化庁派遣によるクロアチアへの再留学(2005〜2007年)のおかげで、やっと全体像が見えてきた感じです。前回の留学中には、彼女の作品の中にはまだ出版されていないものもあったのですが、ちょうど、クロアチア国内でも、この近年、彼女の作品復興の動きが見られ、楽譜の出版なども急ピッチで進められており、いいタイミングで再渡航ができてよかったなと思っている今日この頃です。
☆2006年春 記☆
**全ピアノ作品**
(タイトルは作曲者自身により、クロアチア語やドイツ語、フランス語で書かれています)
子守歌 / Berceuse Op.2 (1897)
<Op.4〜10 : 6つのピアノ小品集 / Sechs Clavier-Stucke von Cesse
Dora Pejacsevichとして出版(Harmonie,
Budapest 1902)>
舟歌 / Gondellied Op.4 (1898)
無言歌 / Chanson sans paroles Op.5
(1898)
蝶々 / Papillon Op.6 (1898)
メヌエット / Menuette Op.7 (1898)
即興曲 / Impromptu Op.9a (1899)
無言歌 / Chanson sans paroles Op.10
(1900)
アルバムのページ / Albumblatt Op.12 (1901) 消失
葬送行進曲 / Trauermarsch Op.14 (1902)
夢想 / 6つの幻想小曲集 / Sechs Phantasiestucke Op.17 (1903)
1. あこがれ /
Teznja
2. 悲しみ / Tuga
3. 疑問 /
Pitanje
4. 嘆き /
Tugovanje
5. 願い / Molba
6. 幻想(迷妄) / Tlapnja
花の一生 / Blumenleben Op.19 (1904-1905)
1. 待雪草 / Visibaba
2. すみれ / Ljubica
3. すずらん / Durdica
4. 忘れな草 / Potocnica
6. 赤いカーネーション / Crveni karanfil
7. ゆり / Ljiljan
8. 菊 / Krizantema
子守歌 / Berceuse Op.20 (1906)
演奏会用ワルツ / Valse de concert op.21 (1906)
思い出 / Erinnerung Op.24 (1908)
ピアノ組曲『ワルツーカプリス』 / Walzer-Capricen Op.28 (1910)
1. moderato
2. grazioso
3. im
Lendler-tempo
4. wiegend
5. lento
6. tempo giusto
7. allegretto
8. grazioso, allegramente
9. moderato
4つのピアノ小品集 / Vier Klavierstucke Op.32a
(1912)
第1番献呈 −紛失
第2番とんぼ
第3番蝶々
第4番夕べの物思い
即興曲 / Impromptu Op.32b (1912)
ピアノソナタ 変ロ短調 / Sonata b-moll Op.36 (1915)
第1楽章 演奏動画
第2楽章
第3楽章
2つの間奏曲 / Zwei Intermezzi Op.38 (1916)
No.1
No.2
ピアノのための2つのスケッチ / Zwei klavierstucke Op.44
(1918)
No.1 あなたに! / An Dich! (tebi)
No.2 あなたの写真の前で / Vor Deinen Bilde (pred tvojim likom)
花吹雪 / Blutenwirbel Op.45 (1918)
カプリッチョ / Capriccio Op.47 (1919)
2つのノクターン / Zwei Nocturnen Op.50 (1918,
1920)
No.1
No.2 演奏動画
フモレスケ / Humoreske Op.54a (1920)
カプリス / Caprice (U hirovitom
raspolozenju) Op.54b (1920)
ピアノソナタ 変イ長調 (単一楽章) / Sonata As-dur Op.57 (in one
Movement) (1921)
ピアノ協奏曲ト短調 Op.33 / Concerto g-moll for
piano and orchestra Op.33 (1913)
ピアノ協奏幻想曲 ニ短調 Op.48
/ Phantasie concertante d-moll
for piano and orchestra Op.48 (1919)
**全声楽作品**
歌曲 / Ein Lied / The song Op.11
(1900)
なぜ? / Warun? / Why? Op.13 (1901)
アヴェ・マリア / Ave Maria Op.16 for voice, organ and violin (1903)
7つの歌曲 / Sieben Lieder / Seven songs
Op.23 (1907)
1. Pouzdan znak / The confident sign
2. Kradljivac / The stealer
3. Prve ljubičice /
The first violets
4. U lovu je mjesec na sunce / The Moon is catching the Sun
5. Ti si žarko
proljetno jutro / You are the rapturously spring morning
6. Skriveno u lišću /
Hidden in the leaves
7. Bilo jednom / It was once
2つの歌曲 / Zwei Lieder / Two
songs Op.27 (1909)
1. Polako kročim ulicom (The slow step on the street)
2. Zameten (Covered)
4つの歌曲 / Vier Lieder / Four songs Op.30 (1911)
1. 悲鳴 / Krik
/ Scream
2. 愛の恍惚 / Ljubavni zanos / The love ecstasy
3. 信じてるわ、あなた / Vjerujem, dragi / I believe, my darling
4. 幸福についての夢 / San o sreći (The dream about happiness)
変容 / Verwandlung / Conversion Op.37a for voice, organ and violin
(1915)
愛の歌(R.M.リルケの詩による歌) / Ljubavna pjesma / Love song Op.39
乙女たちの肖像(4つの歌) / Djevojački likovi (4 pjesme)/ Madchengestalten / Girls figures
(4 songs)Op.42 (R.M.リルケの詩による歌) (1916)
Bora / An
eine Falte / The
folf Op.46 (1918)
2つの蝶々の歌 / Dvije leptirove pjesme /
Zwei Schmetterlingslieder / Two butterfly songs Op.52 (1920)
1. Zlatne zvijezde, plava zvonca
(The golden stars, the blue bells)
2. Leti leptiriću, leti u svijet (Fly butterfly, fly at the world)
3つの歌曲(ニーチェの詩による歌) / Tri pjesme / Drei
Gesange / Three songs Op.53 (1920)
1. ヴェネチア / Venedig / Venecija / The Venice
2. 孤独な(寂しくて)/ Vereinsamt / Osamljen / Lonely
3. 最も寂しくて / Der Einsamste / Najosamljeniji
/ The lonliest
2つの歌曲 / Zwei Lieder / Two songs Op.55 (1920)
あなたに / K tebi / To you
ただあなたとともに / Biti samo uz tebe /To be
just with you
3つの子供の歌 / Tri djecje pjesme / Three
Children’s Songs Op.56 (1921)
1. 私の天使、お母さんMajčica,
moj anđeo /
The mother, my angel
2. 子供とおばあちゃん / Dijete i baka / The child and the grandmother
3. Mali Radojica / Little Radoica)
<Songs
for Voice and Orchestra>
変容 / Verwandlung Op.37b (1915)
愛の歌Liebeslied (R.M.リルケの詩による歌) Op.39 (1915)
**全室内楽作品**
夢(ヴァイオリンとピアノのための)Op.3
/ Reverie
for violin and piano Op.3 (1897)
カンツォネッタ(ヴァイオリンとピアノのための)Op.8
/ Canzonetta for violin and piano Op.8 (1899)
即興曲(ピアノ四重奏のための)Op.9b
/ Impromptu for piano quartet Op.9b (1903)
(ピアノ用編曲→Op.9a / an arrangement of piano →Op.9a)
トリオ ニ長調 Op.15(ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための)
/ Trio D-dur for violin, violincello and piano Op.15
(1902)
メヌエット(ヴァイオリンとピアノのための)/ Menuett for violin and piano Op.18 (1904)
ロマンス(ヴァイオリンとピアノのための)/ Romanze for violin and piano Op.22 (1907)
四重奏曲 ニ短調(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノのための)Op.25
/ Quartet
d-moll for violin, viola, violincello and piano Op.25 (1908)
ソナタ(ヴァイオリンとピアノのための)ニ長調 Op.26
/ Sonata D-dur for violin and piano Op.26 (1909)
トリオ ハ長調(ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための)Op.29
/ Trio C-dur for violin, violincello and piano Op.29
(1910)
弦楽四重奏曲 ヘ長調 Op.31 / String Quartet F-dur Op.31 (1911)消失
エレジー(ヴァイオリンとピアノのための)Op.34 / Elegie
for violin and piano Op.34 (1913)
ソナタ ホ短調(チェロとピアノのための)op.35
/ Sonata e-moll for violincello and piano Op.35 (1913)
五重奏曲 ロ短調(2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノのための)Op.40
/ Quintet h-moll for 2violins, viola, violincello and
piano Op.40 (1915-1918)
スラブ風ソナタ(ヴァイオリンとピアノのための)Op.43
/ Slawische Sonate b-moll for violin and piano Op.43
(1917)
瞑想(ヴァイオリンとピアノのための)Op.51 / Meditation
for violin and piano Op.51 (1919)
弦楽四重奏曲 ハ長調 Op.58 / String Quartet C-dur Op.58 (1922)
**オーケストラ作品**
交響曲 嬰ヘ短調 / Simphony fis-moll Op.41 (1916-1918)
序曲 ニ短調 / Overture d-moll for full
orchestra op.49 (1919)
**参考文献**
Koraljka
Kos:Dora Pejacevic(Jugoslavenska akademija znanosti I umjetnosti,
Zagreb
1982)
Koraljka
Kos:Dora Pejacevic(Muzicki informativni centar koncertne direkcije
Zagreb,
Zagreb 2008)
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